『猫にもらった宝物』

上原 空見子

Profile

うえはら・くみこ。神戸市生まれ。フリーライター。「第10回リブラン創作童話」で優秀賞受賞。幼稚園教諭、高齢者福祉関係の仕事を経て、現在はNPO法人で児童虐待防止活動に取り組んでいる。

作品はオリジナル作品です。著作権は湘南文学舎に属します。無断転載・転用はお断りします。

作者からのMessage

適度にあまえんぼうで、ほどほどにわがまま。ちょっぴりひょうきんで、そのくせとてもおりこうさん。そんなわが家の愛猫チャチャとの出会いは、母猫の深い愛情が導いてくれたものでした。

  それは、7年前のこと、神社に続く細い道を自転車で走っていると、前方の路上に白くて丸いものが見えました。ちょうど雪ウサギみたいな格好でポツンと。よく見ると、子猫です。
  そばには母親らしい白猫がいて、まわりに目をやると、向かいの空き地や隣の家の庭などあちらこちらに、猫の姿がありました。みんなノラ猫のようです。
  隣の家の塀の陰からこちらをのぞいていた茶トラは、私と目が合うとあわてて横を向きました。空き地の奥の草の中から首を伸ばしていた黒猫も、さっと頭を引っ込めました。全部で5匹ほどいたでしょうか。こんなにたくさんの猫が集まっているのを見たのは初めてで、なんだか不思議な気がしたのですが、問題は子猫です。細いとはいえ、車も通る道です。こんなところで寝ていては轢かれてしまいます。せめて、空き地の方に移動させてやろうと、道の脇に自転車を止めて子猫に近づきました。
  その頃の私は、猫には全く興味がありませんでした。わが家には溺愛してやまないチワワのルチルがいましたし、それまで猫との接点はほとんどありませんでした。
 「ねえ、そこにいたら危ないよ」私の声に、振り向いた子猫の顔を見た瞬間、「あらら、あなたどうしたの?」思わず足が止まりました。左目は大きく腫れて飛び出し、右目は小さく萎縮して涙と目やにでほとんど塞がっていました。おまけにガリガリにやせていて。
  猫とは思えないような姿に、さすがにこれでは置いていけないなと思いました。いくら母猫がついているとはいえ、こんな状態の子が外で生きていけるわけがありません。
  ふと母猫を見ると、私に視線を向けたまま、そっと後ろにさがりました。なんとかこの病気の子猫を助けたいという必死な願いが伝わってくるようでした。とはいえ、わが家の状況を考えると到底子猫なんて受け入れてもらえるとは思えません。ルチルは気性が激しいうえ、すごくヤキモチ焼きでしたから。でも、不思議とあまり迷いはなく、「大丈夫だよ。安心してね」と母猫に声をかけつつ子猫を抱き上げると、そのまま病院に向かって歩き出しました。
と、その時、何気なく後ろをふり返ってびっくりしました。こちらを見ている猫、猫、猫。さっきまで関心なさげにそっぽむいていた猫たちが、みんなでこちらを見ています。
 「ああ、そうか」と、急におかしさがこみ上げてきました。
 「これって、あなたたちの企み?」聞かれて、茶トラが照れくさそうに首をすくめました。きっとみんなで、病気の子猫を助けるために、知恵を出し合ったに違いありません。
  不思議な猫の世界に足を踏み入れている自分を感じて、ちょっとワクワクしました。
 「そうか、そうか」ひとり納得しつつ歩きながら、もう一度ふり返ると、母猫がぽつんと道に座ってじっとこちらを見ていました。今でもその時の光景は忘れることができません。子猫と母猫の永遠のお別れのシーンです。

  子猫の病気は俗にいう猫風邪で、ウィルスが角膜に悪さをして、もうどちらの目も見えてはいませんでした。ガリガリの体はノミだらけ。しかもお腹は回虫がいっぱいいてポンポコリン。その上、この子疥癬ダニまでいて、ノラ猫暮らしの過酷さを知らされた思いでした。でも、ちゃんと見守っていた母猫、偉かったなと思います。
  チャチャと名付けられた子猫は、その後眼球の摘出手術を受け、そのかわいいしぐさと優しい性格で私をすっかりメロメロの猫好きに変えてしまいました。ルチルとはやはり折り合いが付かず、時々対面してはシャーシャー、ガウガウ言い合ってはいましたが、1階と2階に住み分けて穏やかに暮らしてきました。
  そのルチルも昨年亡くなり、生まれて初めて経験する悲しい出来事に、毎日毎日泣いている私の傍らで、チャチャは静かに寄り添い、時々見えない目で私の顔を見上げてじっとみつめながら、いつまでもつきあってくれました。そんな姿に、ふと、あの時の母猫の面影が重なり、胸が熱くなりました。
  あれから、あの猫たちの姿を見かけたことはありません。みんな元気でいるのでしょうか。あの日、猫たちの企みにまんまと、いえ、ラッキーにも乗せられた私は、思いがけず素敵な宝物をもらったようです。

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