ネコダマ

上原 空見子

Profile

うえはら・くみこ。神戸市生まれ。フリーライター。「第10回リブラン創作童話」で優秀賞受賞。幼稚園教諭、高齢者福祉関係の仕事を経て、現在はNPO法人で児童虐待防止活動に取り組んでいる。

作品はオリジナル作品です。著作権は湘南文学舎に属します。無断転載・転用はお断りします。

作者からのMessage

一番幸せなのは、自分のことよりたいせつだと思える相手がいること―それを教えてくれたのは、不思議なネコの友達でした。

  キキッと、きしむようなブレーキの音に続いて、ボンッとにぶい音が聞こえた。ぼくの前の方を走っていた車が一瞬止まって、それからなにごともなかったかのように走りさっていく。

  何か黒いものが空中にはね上がり、落ちるのが見えた気がして、となりの車線に目をやると、道路に黒いものがよこたわっていた。

 『ネコ?』
  ぼくは急にゆううつになった。
 『生きてるのかな。あのままだとあとから来る車にまたひかれちゃうな』
  車を止める勇気がないまま、ゆっくりと横を通りすぎながら、ぼくは考えていた。
 『ぼくに何ができるっていうんだ。ぼくがはねたわけじゃないし、それに仕事中なんだ。 3時までにこの荷物を、会社に持って帰らないと、また課長から大目玉だ。どうしようもないじゃないか。だけど、このままほうっておいていいのか?』
  心臓がドキドキして、ハンドルをにぎる手に汗がじわりとにじんだ。こわごわバックミラーをのぞくと、ネコの頭がむっくりと起きあがるのが見えた。
 『生きてる!』
  そう思った瞬間、ぼくは道路のはしに車を止めて外に出た。あとからくる車が次々とネコをよけて走りさっていく。
  車の流れがとぎれるのを待ってネコに近づいたぼくは、そのすぐそばに、同じようなクロネコがすわっているのに気がついた。
 『えっ? もう1匹いたのか。さっき動いたように見えたのはこっちの方か? いや…』
  プップー クラクションの音に、ぼくはあわててネコのそばにしゃがんだ。頭を打ったのだろう、黒い毛に血がべっとりとついて、ネコはピクリとも動かない。
  その姿を見て、ぼくは一瞬あせった。
 『このネコは死んでいるのか? だとしたら、これは死体? ゲッ』
  ぼくはちょっと恐くなった。その時まで気づかなかったのだけれど、ぼくは今まで生きたネコにさえさわったことがない。
  プップー またクラクションが鳴った。
 「ええい!」
  思い切ってネコをだき上げると、あたたかくて、ぐにゃりとやわらかい。ネコってこんなにやわらかいのか。
  そのまま車にもどると、もう1匹のネコもついてきた。こいつはこのクロネコの魂にちがいないと、ぼくは思っていた。うしろの座席にあったダンボール箱に寝かせると、魂は寄り添うようにそのわきにすわった。
 『とにかく病院に行こう。たしかこの先の信号を左に曲がったところに、動物病院があったはずだ』
  ぼくは車を走らせながらバックミラーごしにネコを、いや、ネコの魂を見た。魂はぼんやりと前をむいてすわったままだ。
 「ねえ、きみ、早く体にもどったほうがいいよ。今ならまだ間にあうんじゃないの?」
  思い切って声をかけてみた。
 「いいんだ。この体はもうだめだよ。それに、オレのネコ生なんて、そんなに幸せなものでもなかったし。この世に未練なんかないんだ。それより、どこか花の咲く木の下に埋めてくれないか。せめて、きれいな花を咲かせる役にたてたら、生まれてきたかいがあるってもんだ」
  魂は、横たわる自分のからだを見ながら、しみじみといった。
 「キミ、名前はなんていうの?」
 「名前? そんなもんないよ」
  もう一度、その姿をよく見た。どこかちょっとすねたような、投げやりな感じが自分とにている気がした。
  ぼくは信号を左ではなく、右に曲がって、近くのホームセンターへ向かった。シャベルを買うためだ。頭のすみに、課長のおこった顔が浮かんだけど、そんなこともうどうでもいい。今は、こいつの最後の願いをかなえてやりたい。

結局、近くの川原の桜の木の下にネコを埋めてやってから、予定より2時間も遅れて会社に

もどった。当然こっぴどくどなられて、その分残業させられて、家の近くの駅についた時には、もうくたくただった。

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