いつも、こころに

瀬戸 風子

Profile

せと・ふうこ。神奈川県生まれ。保育士として長年幼児保育に携わる。現在は子育て支援のかたわら、童話の創作を続けている。

作品はオリジナル作品です。著作権は湘南文学舎に属します。無断転載・転用はお断りします。

さんと、ユウタという5歳の男の子といっしょに暮らしていたのです。
  まだ子ねこだったころ、公園に捨てられて、「ミャア、ミャア」ないているのをみつけて、家につれて帰ってくれたのはユウタでした。
 「おまえ、耳が大きくてかわいいな。そうだ、ミミ子っていうのはどうだ?」
  名前をつけてくれたのも、ユウタです。
  ユウタはミミ子を、妹のようにかわいがってくれて、おとうさんとおかあさんもやさしくて、ミミ子はとてもしあわせでした。
  それなのに、ある日突然、3人はミミ子ひとりを残して、いなくなってしまいました。引っ越してしまったのです。
  どうして置いていかれたのかなんて、ミミ子にはわかりませんでしたが、ミミ子ののらねこ暮らしはそのときから始まったのです。

 「あーあ、せっかくのお昼寝びよりだっていうのに…」
  プリプリしながら歩いていると、ニャン子さんに出あいました。ニャン子さんは、生まれたときからずっとこの公園で暮らしているのらねこです。
 「あら、きょうもお気に入りのベンチを取られちゃったの?」
 「そうなの。また『あの話』をしてるのよ。よくあきないものだわ。わたし、あのおばあさん大きらいよ」
  ミミ子は腹立たしそうに言いました。
 「ああ、あのおばあさん、おトラばあさんと同じだもんね」
  ニャン子さんは、もの知り顔でうなずきました。
 「おトラばあさんって、魚屋さんで飼われてるトラねこの?」
 「そう、すっかりボケちゃってるらしいの」
 「ボケるって?」
 「お年よりに多い病気だって。人間のことばで、え~っと。にゃんちしょう? あっ、にんちしょうっていうのよ。いろんなこと忘れていってしまって、さっきやったことや、聞いたこともわからなくなるらしいわ。おトラばあさんなんて、近所でも有名なしっかり者だったのにね。わからないものね」
  ニャン子さんは、得意げにヒゲをひくひくさせました。
 「ふーん、そんな病気があるの? ああ、それであのおばあさん、毎日のように会ってるのに、いつもはじめて会った時みたいなあいさつをするのね。でも、子どものころのことは、すご~くおぼえてるわよ。」
 「ええ、最近のことから忘れてしまうんだって。ふしぎよね。ま、わたしなんて、苦労が多いから、いやなこと忘れられるんならうれしいけどね。ハッハッハ…」
 「ふーん、そうなんだぁ」
  ニャン子さんが笑いながら行ってしまったあとも、ミミ子はなにやら考えこんでいました。

  次の日も、おじいさんとおばあさんはいつものようにやってきて、いつものベンチにすわって、いつもの話がはじまりました。
  ただひとつ違っていたのは、ミミ子がおばあさんのとなりにすわって、おしまいまで話を聞いていたことでした。
 「クロはかしこいいぬでね、車ですてに行ったはずのとうさんが帰ってくるより先に、家に帰ってきてしまったの。あの時の、クロのうれしそうな、ほこらしげな顔はわすれられないわ。きっと、『ほら、ちゃんとひとりで帰ってこれたよ、えらいでしょ』って、思ってたのよね。結局、また車に乗せられて、こんどはもっと遠くへつれて行かれて、もう二度と帰ってこなかった。あのこ、あのあとどうなってしまったのかしらね。かわいそうに」
  おばあさんがため息をつきました。
 『やっぱり、聞かなきゃよかった』
  ミミ子は後悔しました。信じていた人にうらぎられた悲しさやさびしさは、ミミ子にはよくわかります。胸がキリキリと痛みました。
  つらい気持ちで立ち上がろうとしたミミ子は、ふとおばあさんの顔をみて、はっとしました。深いシワにかこまれたその目に、涙があふれていたのです。
  おばあさんは毎日ここで、クロのことを思い出して、泣いていたのでしょうか。
 「そうかい、つらい思い出だね。だけど、そんなにかしこい、いいいぬだもの、きっとだれかに拾われて、しあわせに暮らしたに違いないさ。なあ、ねこちゃんもそう思うだろう?」
  おじいさんは、ミミ子の頭をやさしくなでながらいいました。あたたかい手でした。
 「そうかしら。ええ、きっとそうよね」
  おばあさんの頬が、ほっとゆるみました。

  きょうも、ミミ子はベンチの上で、昼寝をしながら、おじいさんとおばあさんがくるのを待っています。
  ふたりがなかよく歩いてくるのを見ながら、ミミ子はふと思うのです。
 『ユウタくんも、ときにはわたしのことを、思い出してくれているかしら』と。

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